知財・特許業界で仕事をしたい人のための応援コラム

第4回 企業の知的財産部と特許事務所の業務を比較

 これまでのコラムでは、主に特許事務所に軸足を置いてお話してきました。これは、私が特許事務所出身であることから当然と言えますが、やはり企業の知的財産部を抜きに特許業界を語ることはできません。私自身、知財部での業務経験はありませんが、今まで仕事を通じて数多くの企業の知財担当者と接してきました。また、特許事務所から企業の知財部に転職した弁理士や、逆に知財部から特許事務所に転職した弁理士を何人も知っています。これらをもとに、企業の知財部への就職・転職について私が感じていることを、特許事務所と比較しながら述べてみたいと思います。

企業の知財部では、「チームワーク」と「コミュニケーション能力」が重要

 企業の知財部では、実際どのような業務を行っているのでしょうか。
 まず言えることは、特許事務所と比べて業務範囲が非常に幅広いことでしょう。先行技術調査に始まり、調査に基づいた特許戦略の立案など、社内またはグループの研究開発部門と連携をとりながら実行する業務が数多くあります。例えば、特許出願が決まった段階で行う、当該案件を特許事務所に発注するためのドラフト(発明提案書)作成です。発明提案書の作成は、研究者と知財担当者が一緒に練り上げていくのが一般的です。このドラフトをもとに、権利化のために重要な書類となる特許明細書の作成を特許事務所へ発注します(社内で作成する場合もあります)。
 特許事務所が作成した特許明細書の最終チェックも知財部にとって重要な仕事です。この最終チェックは、特許明細書のミスを探すという単純なものではなく、企業側と特許事務所側の発明内容や出願戦略に対する考え方・方向性を一致させていく重要なプロセスになります。これを十分に行ってくことで、企業側が主体となり、特許事務所が強力にバックアップするという知財実務の実行体制が整ってくるわけです。
 その他、上記以外の主な業務には、ライセンス契約の締結や特許訴訟への対応、研究開発部門への特許に関する啓蒙活動などがあります。つまり、企業の知財部の仕事は、社内外関係者との「チームワークが重要になる仕事」が多いとご理解いただくと良いかと思います。実務では、研究者、グループ企業、ライバル企業、提携企業、特許事務所など、常に誰かと綿密なコミュニケーションをとりながら行っていかなければなりません。したがって、技術知識や法律知識といった専門性だけではなく、協調性・コミュニケーション能力が非常に要求されます。たとえ、弁理士資格を持っていたとしても同様です。

 一方、特許事務所の場合、仕事の大半はクライアントから受注した特許明細書の作成となります。先程も少し触れましたが、企業の知財部と比べて仕事の範囲が絞られていると言えるでしょう。ただ、特許明細書の作成という非常に専門性の高い業務に特化しているがゆえ、豊富な知識と経験を要する奥の深い仕事になります。また、「1人で完結できる仕事」であるとも言えます。「毎日、特許明細書を書き続けながら着実にスキルアップしていく」という職人気質的志向が極めて重要になります。前回のコラムでは、特許業界への女性の進出について述べましたが、着実にスキルアップしていく姿勢や、1つの仕事を長く継続できる根気という面では、女性の方が能力が高いと感じる事も多く、それも特許事務所で活躍する女性が増えている背景の1つかもしれません。

双方で異なる「達成感」企業の知財部では、スケールの大きな仕事に参画

 次に、企業側と特許事務所側との基本的な立場の相違についてお話しましょう。
 「権利化した技術が実際に新製品の中に組み込まれて世間に流通し、利用者には利便性を、自社には利益をもたらす・・・。」 企業では、このような発明に基づく一連の事業化に参画することができます。これは、個人だけではとてもできない非常にスケールの大きい仕事になります。会社の将来を左右する基本技術について経営的視点も交えて特許戦略を構築し、特許権を取得していく仕事は、マクロ的に見ると達成感の高い仕事です。その点で、知財部員はもちろん、新たに研究開発部門から知財部に異動する方には、是非、このような大きな視点をもって仕事をしてもらいたいと思います。
 これに対し、特許事務所では、クライアントである企業の代理人として各種手続きを行います。発明の帰属は当然クライアント企業や個人の発明者にあり、特許権取得の実務に携わったとしても、特許事務所が自らその権利を行使することもありません。企業の知財部の方々が求める達成感と、特許事務所のそれとは異なります。特許事務所の立場としては、「企業側が喜ぶ姿」こそ最も大きな楽しみの1つであり、達成感へとつながります。

企業知財部、特許事務所 双方での実務経験は貴重

 ここまでをまとめると、企業の知財部は、組織で力を発揮する「チームワーク」の世界であり、特許事務所は一人で完結して力を発揮する「エキスパート」の世界であると言えます。弁理士の場合、価値判断として後者を選ぶ方が多いようです。もちろん、弁理士として特許事務所から企業の知財部へ転職するケースもあります。
 仮に、皆さんの最終目標が「1人で完結できる」弁理士としての独立開業だとしても、特許事務所ではできないことを企業の知財部で経験することは、双方の立場やニーズを理解し、自らのキャリアの幅を広げるという意味でも重要です。実際には、企業の知財部から特許事務所へ転職するケースのほうが多いでしょう。このようなケースの方は、既に知財部で特許に関する業務を幅広く経験しているわけですが、特許事務所では特許明細書の作成実務能力をさらに高めていくことになります。特許明細書作成の実務能力を高めた次の段階にあるのは、弁理士としての独立です。

未経験者が、企業知財部で働くことは難しい?

 最後に、特許実務の未経験者が特許業界に転職する観点から、企業の知財部と特許事務所を比較してみましょう。
 技術分野での基礎知識を持っているという前提で話しを進めます。結論から言うと、特許実務未経験者が中途採用される可能性が高いのは、明らかに特許事務所です。企業の知財部の場合、すでに述べたように業務範囲はかなり広いものとなります。この広範囲な業務を、実務未経験者に対して1から教え込むのは大変なことです。また、自社の社風、研究開発プロセス、知財部の運営方法などもまったく分からない人をゼロから指導するのは大変です。したがって、未経験者採用については、社内で研究開発者を異動させたり、学生を新卒採用するケースが多いようです。ただ、未経験者であっても、知的財産検定や弁理士資格、知的財産専門職大学院などで十分に知識を習得し、自社の知財業務に素早くキャッチアップできる人であると判断されれば、中途採用される可能性は十分にあると思います。また、次のように、一旦、特許事務所で十分な実務経験を積んでから、企業の知財部にキャリアアップするという選択肢も考えられます。

【未経験者が企業の知財部にキャリアアップする場合の例】

■社内技術者(異動)
→  研究開発・特許出願経験 →  知財部に異動
■一般技術者(転職)
→  知財知識(未経験を補う努力) →  企業の知財部
→  特許事務所に転職(実務経験) →  企業の知財部
■技術系新卒学生(就職)
→  企業知財部を目指した就職活動 →  知財部で採用
→  特許事務所に就職(実務経験) →  企業の知財部
→  企業研究開発部を目指した就職活動 →  知財部に異動
■文系新卒学生(就職)
→  企業知財部を目指した就職活動 →  知財部に異動
→  企業知財部を目指した就職活動 →  知財部で採用
→  法律事務所に就職(実務経験) →  企業の知財部または法務部
→  特許事務所に就職(実務経験)
 (意匠・商標実務、外国実務など)
→  企業の知財部または法務部

 一方、特許事務所の場合、業務範囲が特許明細書の作成という明確かつ限定されたものになります。特許明細書の作成自体が特許事務所の主要な収入源ですから、実務未経験者に1日でも早く戦力になってもらうための教育を施すのは、ある意味当然の経営判断です。
 このように、実務未経験者が特許業界へ入り込める可能性が高いのは、やはり特許事務所ということになります。

 今回は企業の知財部と特許事務所をいくつかの観点から比較してみました。それぞれの特色をご理解いただき、ご自分が進むべき先を決めていただくのが良いでしょう。

[2006/05/11] 知財ナビより転載

>このページのトップへ